「つくる人」の生き方 ― 受験の先にある風景 ―

Jan. 2014 デザインはコミュニケーション

河合塾美術研究所の予備校時代の同期、小林麻紀さんと藤澤ゆきさん。小林さんは企業でグラフィックデザイナーとして働き藤澤さんは自分のファッションブランドを立ち上げ活動しています。大学時代にお互い初めてのグループ展も開催したふたりに今の働き方と、この先に見ているものを聞きました。

小林 麻紀 さん

株式会社資生堂
宣伝制作部
グラフィックデザイナー

武蔵野美術大学
視覚伝達デザイン学科卒業

河合塾美術研究所
デザイン・工芸専攻

藤澤 ゆき さん

『YUKI FUJISAWA』
テキスタイルアーティスト・
デザイナー

多摩美術大学 生産デザイン学科
テキスタイル専攻卒業

河合塾美術研究所
デザイン・工芸専攻

「一緒にやりたいね」という夢を叶え
大学の垣根を越えて初のグループ展

――専攻の違うふたりですが、どのようにつながっていったのですか?

藤澤:麻紀ちゃんと私は、感覚的にいいなと思うものが似ているんです。でも、私はテキスタイル制作、麻紀ちゃんはグラフィックデザインと、役割が違う。だから、それぞれの得意分野を使って一緒に組めるんだと思います。

小林:予備校時代から仲良くなり、「大学に行ったら一緒に何かやろう」と言っていました。大学も学科も違いますが、お互いの仲間を集めて、7人で初めてのグループ展を開きました。

グラフィックデザインと、テキスタイル創作
分野は違っても“伝えたい”という想いは同じ

――現在の仕事を教えてください。

小林:株式会社資生堂の宣伝制作部にグラフィックデザイナーとして入社し、現在2年目になります。1年目は、“資生堂書体”と呼ばれる会社独自の文字を手で描くという、修行のようなこともしました。自分の手で描くことで、資生堂のデザインのムードやエッセンスを学んでいくんですね。2年目には、その"資生堂書体"で、資生堂アートハウスのポスターの題字を描くようになりました。また、グラフィックデザイナーだからといって、ポスターのような平面だけを扱うわけではないんです。一つの商品を売り出すために必要な宣伝制作物を、多方面に広げて具体的に考えていくので、ポスター、CM、店頭の什器と、多種多彩な宣伝制作物に関わります。メインビジュアルをディスプレイのどこに生かしたらいいか?など、ありとあらゆる手段にコンセプトを落とし込んでいきます。

――実際にどんなものを手がけたのですか?

小林:たとえば、美容情報誌『Beauty Book』の表紙のディレクションです。雑誌の内容を受けてコンセプトを考え、撮影をするのですが、撮影小物を海外から取り寄せたり、撮影当日のお弁当を手配したりと、細かい準備も今は私の仕事。大変ですが、自分がディレクションした写真が表紙を飾るのはうれしいですね。そこに込めた思いが、みんなにちゃんと伝わっていくといいなと思います。

藤澤:私は、『YUKI FUJISAWA』というブランドを立ち上げて活動しています。つくっているのは、洋服、布地、小物などと、テキスタイルにまつわる幅広いもので、古着のリメイクもします。記憶や感情、愛などの「目に見えないもの」を布の上で表現することがテーマです。私は、手作業を施すことに意味があると信じて作っています。自分の手から作ることを大切にしていて、布の染色はもちろん、プリントをする場合も製版から自分の手で行っています。得意なのは染めとプリント。技術は大学で学びました。大量生産はできないけれど、手作業なので世界に二つとない1点ものができます。基本的にオンシーズン展開で、現在のお取り扱いは全国8ショップ。百貨店のポップアップショップなどでも商品を置いていただいています。打ち合わせから制作、梱包まで一人でやっていて、外注するのは一部のプリントや洋服の縫製などです。ホームページにアップする写真のディレクションの一部や、名刺やDMなどブランドにまつわるグラフィックは全て麻紀ちゃんにお願いしています。

――学生時代に学んだことは、今の仕事にどんなふうに生きていますか?

小林:“デザインはコミュニケーション”という考え方を大学で学べたのが一番大きいですね。会社の根底には、お客さまに豊かな生活を提供することで、心も身体も本当の意味でリッチになっていただきたい、という考え方があります。いい商品をつくったなら、その商品がどんなに素晴らしいのか、使ってもらえばどんなふうにリッチになれるのか、宣伝制作部がデザインを駆使して伝えなければなりません。まさに“デザインはコミュニケーション”なんです。私はこの考え方を本当に大事にしていて、資生堂の面接の際にも熱く語りました(笑)。共感してもらえたから、就職できたんだと思います。

藤澤:高校生までは、将来、雑貨のデザインをしてみたかったんです。でもその頃はデザインといえばグラフィックしか知らなくて、プロダクトやテキスタイルという言葉自体、この河合塾で初めて知りました。それで、自分がやりたいのはテキスタイルだとわかり、大学に進んでから染めの技術をしっかり学べたと思います。学外での制作活動やインターン先のアパレル会社での経験も役に立っていますね。

美大時代を経て思うこと、それは
デザインや制作を通して届けたいのは“幸せ”

――今の仕事や会社を選んだ理由は?

小林:私は、もともとディレクションに興味があり、将来AD(アート・ディレクター)になりたくて美大に進学したんです。入ってみたらいろんなデザインがあって驚きました。大学2年の時には、学外でフリーペーパーの編集長、兼デザイナーもしていたので大忙しでしたね。でもフリーペーパーをやっていたおかげで、資生堂の上の方とお会いする機会に恵まれたんです。人柄の素晴らしさや誠実さに触れ、“こんな人がいる会社で働きたい”と、就活活動の際に強く思うようになりました。自分が目指すADの仕事なら、広告代理店や出版社もありだけど、結局、“誰と一緒に仕事をしたいか、誰のためなら働けるか”という根本が変わらないから、学生時代に出会って感動した人のいる資生堂を受けることにしました。

藤澤:就職活動時期にはすでにブランドを立ち上げていました。まだ商品の数も少なかったのですが、正社員として働きたい会社がなかったことと、ブランドを続けたい気持ちも強かったので、就職しないことを選択しました。ブランド1本でやるのは正直怖くて、大学卒業後もアルバイトを続けていました。ブランドを立ち上げたきっかけは、大学3年時に女の子のアーティストを発掘してプロデュースする方と出会って、声をかけてもらったことです。ブランドをつくりたいと話していたら、あるファッションイベントに、ブランドとして出展するよう誘われました。でも、どうすればブランドになるのかまったくわからず、名前もロゴも決められなくて、麻紀ちゃんに相談していましたね。そのイベントで、最初に声をかけてくれたのがH.P.FRANCE(アッシュ・ペー・フランス)のWALLのバイヤーさん。今でもお取り扱いをしていただいています。卒業からこの半年はとても悩んで、辛かったです。アルバイトとブランドの両立生活では制作に力が注ぎきれず、自分の好きなことができていなくて、このままではいけないと。だから、アルバイトは辞め、制作や勉強も含めて自分のために時間を使おうと思っています。

――この先の未来を、どんなふうに見ていますか?

小林:“デザイン”を通して人に幸せになってほしいと思います。店頭の什器一つにしても、どうしたら伝わりやすいかを全力で考えますが、それは人に対する愛がないとできないと思うんです。私が手がけたデザインによって、心が豊かになってもらえたらすごくうれしい。一緒に仕事をする人にも幸せになってほしいです。

藤澤:うれしい、楽しい、面白い、満たされた感じや、いい気持ち、ぜんぶ含めた幸せですよね。制作を通して、私も、ハッピーなコミュニケーションを目指したい。

小林:具体的な将来の目標は、まだハッキリ決めきれずにいます。私が大事にしている“デザインはコミュニケーション”を企画化していくにはCDになったほうがいいし、もっと表現の部分に力を注ぐならADだし。今はたくさん経験して決めていきたいと思います。若い人がどんどん活躍できるようにもしたいですね。

藤澤:今やっと、どんなふうに作品をつくっていきたいかが、なんとなく見えてきたところ。どうしたら自分をごまかさずに、長い目で制作に寄り添っていけるかを考え始めています。それから、海外でブランド展開をしていくなら絶対必要な英語の習得も目標の一つ。テキスタイルをもっと勉強したい気持ちもあるので、大学院への留学も視野に入れています。

――美大を受けるかどうか悩んでいる後輩に、メッセージをお願いします。

小林:試しに受けてみたらいいと思います。私も絵が下手でしたし、美大卒業後の道は、学生時代に想像していたよりいろいろあるので。美大で学んだコミュニケーション、伝える力というのを、クリエイターではない職で生かしている人も多いんです。あと、美大には本当にいろいろな人がいるから、接していくうちに人間が丸くなる(笑)。

藤澤:私も、悩んでいるなら受けたほうがいいと思います。実は私、河合塾に来ていなかったら美大に進んでいなかったかもしれなくて。そもそも美大の存在を詳しく知らず、高校卒業後はデザインの専門学校に行けばいいかな?くらいに思っていました。でも、河合塾の講師に「美大に行ったらいいよ」と勧められ、視野が広がっていき、今に至ります。

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